2011/04/21

すぐにいくから

デートに遅刻するのはいつも僕のほうだった。

待ち合わせ場所に着くと、彼女はいない。

メールが入っている。

「いつもの喫茶店。もうコーヒー二杯目。」

窓から海の見える小さな喫茶店だった。

息を切らしながら喫茶店のドアを開くと、いつもの席にいつもの背中がある。

だいたい寝坊だったのだけれど、電車の中で用意しておいた言い訳をする。

その度に彼女は、コーヒーを飲みながら用意したであろう微笑みで僕を許した。

通算100回目の言い訳を喫茶店でしたときだったと思う。

彼女もうんざりしたのだろう。

別れることになった。

自業自得だった。

「自業自得」って何ですかと聞かれたら、ああそれはこういうことですよと示すいい例になるような自業自得だった。

僕の人生に幸せと呼ぶことができる時期があるとすれば、

彼女と過ごした喫茶店での日々だったんじゃないかと今は思う。



彼女と別れて10年経っていた。

久しぶりに郵便受けを開けると、大量のダイレクトメールと1通の手紙が届いていた。

彼女の筆跡だとすぐにわかった。

「いつもの喫茶店。もうコーヒー飲めないよ。」

僕はあの喫茶店に向かった。僕のことをまだ覚えていてくれたことがうれしかった。

懐かしい電車に乗り、懐かしいあの町に急いだ。

結論から言うと、喫茶店はなくなっていた。

あれから10年だ。

10年という時間はたくさんのものを運んでくるし、たくさんのものを奪い去っていく。

でも彼女はそこで待っていた。

そこは彼女のお気に入りの場所だった。

だから彼女は自分のお墓をそこに建てたのだろう。

墓石にはこう刻まれていた。

「さきにいって待ってるね。」

僕は通算101回目の言い訳を考えながら海を眺めた。

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