「あなたの大事にしている価値観を書いてください」
僕は会社の人事というところにいたので、研修をたくさん受けていた。
正確には、研修を運営する立場なので、研修を受ける先輩たちを見守るのだ。
一年目なのに。
冒頭の一言は、ちょうど7年目研修の時、講師が発した言葉。
大事にしているモノ・コトを再確認しようというテーマだった。
当然、僕は見守る立場だから、うしろから、ちらっ、ちらっと。
先輩たちが何を書いているのかわかる。
ある一人の女性が「さとし」とカードに記入していた。
そりゃもう、入社7年目だ。
もう結婚されて、子どもがいらっしゃるのだろうと僕は思った。
講師もそう思ったのだろう。
「このさとしって、お子さんですか?」
『あっ、彼氏です。』
「そ、そうですか」
普段は冷静な講師の方もちょっと驚いた顔をしていた。僕も驚く。
書くのか。大事なのか。やっぱり。書くほど。そうか。いや書くか。どんな彼氏だよ。
気が遠くなりそうだ。
この研修は、最終的にカードを選んでいって、
最後には一番大事なものを選ばなければならない。
一番大事なものだ。この世の中で。
その時の僕と講師のこの世の中での関心は、間違いなくひとつだった。
さとしはどうなる。
最後の2枚。
「さとし」は残っている!
もう1枚。
「キャリアアップ」そこか!さすがキャリアウーマン!
さぁ、どちらを選ぶ。
ここまできたら頼むよ。選んであげてよ。
その瞬間、僕はもうさとしだった。
顔も、苗字も、年齢も知らない、先輩かもしれない、さとしだ。
頼む。頼む。頼む。
「あ、」
呆気ないくらい、すとんと、捨てられてしまった。
「い、い、いいんですか?」講師。
『なにがですか?』
「え・・・」
さとしさんが、いまも彼女とつづいてますように。
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