2011/04/08

禁じ手

「あなたの大事にしている価値観を書いてください」

僕は会社の人事というところにいたので、研修をたくさん受けていた。

正確には、研修を運営する立場なので、研修を受ける先輩たちを見守るのだ。

一年目なのに。

冒頭の一言は、ちょうど7年目研修の時、講師が発した言葉。

大事にしているモノ・コトを再確認しようというテーマだった。

当然、僕は見守る立場だから、うしろから、ちらっ、ちらっと。

先輩たちが何を書いているのかわかる。

ある一人の女性が「さとし」とカードに記入していた。

そりゃもう、入社7年目だ。

もう結婚されて、子どもがいらっしゃるのだろうと僕は思った。

講師もそう思ったのだろう。

「このさとしって、お子さんですか?」

『あっ、彼氏です。』

「そ、そうですか」

普段は冷静な講師の方もちょっと驚いた顔をしていた。僕も驚く。

書くのか。大事なのか。やっぱり。書くほど。そうか。いや書くか。どんな彼氏だよ。

気が遠くなりそうだ。

この研修は、最終的にカードを選んでいって、

最後には一番大事なものを選ばなければならない。

一番大事なものだ。この世の中で。

その時の僕と講師のこの世の中での関心は、間違いなくひとつだった。

さとしはどうなる。

最後の2枚。

「さとし」は残っている!

もう1枚。

「キャリアアップ」そこか!さすがキャリアウーマン!

さぁ、どちらを選ぶ。

ここまできたら頼むよ。選んであげてよ。

その瞬間、僕はもうさとしだった。

顔も、苗字も、年齢も知らない、先輩かもしれない、さとしだ。

頼む。頼む。頼む。

「あ、」

呆気ないくらい、すとんと、捨てられてしまった。

「い、い、いいんですか?」講師。

『なにがですか?』

「え・・・」


さとしさんが、いまも彼女とつづいてますように。

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