2011/07/08

反時計回り

ある男が首にロープを巻きつけ無表情で空中に静止している

慣性の法則に従うならば、このまま静止し続けるだろう

しかし彼の身体は前後にゆらゆらと揺れ始める

空気との摩擦により磁力でも発生したのだろうか

倒れていた椅子がひとりでに起き上がり彼の足元に移動する

椅子は木製であるのだが

彼はしばらく椅子の上に立ち、首からロープをはずす

椅子から降りた彼は、後ろ歩きでリビングを抜け書斎へ向かう

後ろ歩きが趣味なのかもしれない

リビングでは彼の妻であろう女性と彼の娘であろう子どもが

テーブルを挟んで生産をしている

食事、つまり消費のように見えるが彼女らは朝から生産をしている

彼女らは口にフォークを突っ込み、卵やハムやレタスを次々に口内から取り出す

取り出されたそれらはきれいにお皿に盛られていく

そして口から注がれるミルクが空のコップを満たす

その光景の横を後ろ歩きで通り過ぎる彼に子どもが何かを言う

彼の口元には微笑みが浮かぶ

あるいは頬の筋肉が引きつっただけかもしれない

後ろ歩きのまま書斎に入った彼は、くず入れに向かって手を振る

するとクシャクシャに丸められた紙が彼の手にひきつけられ収まる

糸でも付いているのだろうか

彼はその紙を両手で包む 両手を開くとしわひとつないA4の用紙が現れる

きっとタネも仕掛けもある手品のようなものだろう

彼は顔を歪めながら、それを読む

先ほどの微笑とは違って、彼ははっきりと顔を歪める

この用紙に書かれてある内容が彼にとって喜ばしいものでないことは確かだ

彼はその用紙を三つ折にし封筒にいれ、ペーパナイフでなでて封をする

封をするためのペパーナイフ 不思議な品物だ

封筒を手に彼は後ろ歩きで書斎から出て行く 

そのまま後ろ歩きで玄関に向かい、入り口の自宅郵便ポストにその封筒を入れる

それからしばらく経って、年老いた郵便配達夫がその封筒を回収して去っていく

郵便配達夫もまた後ろ歩きが趣味のようである

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