2011/06/21

真夜中、冷蔵庫の前での話の終わり

那覇空港。

アナウンスの声。電子音。行き交う人々の革靴が変則的に床と触れ合う。

それらが空気を震わせ、僕の鼓膜を震わせる。

喧騒に身をゆだね、ロビーの椅子に腰掛けていると

僕も何らかの音を出し、すべてのノイズの仲間になりたい気分になった。

でもいい大人はそんなこと思ってもしない。よい子も真似しちゃダメだ。

そんなことをすると警備員のお世話になるし、ほんとうに聞くべきものを聞き逃してしまう。

だから30分沖縄のカカシ屋をじっと待ち、ロビーを見渡せるカフェに移りコーヒーを注文し、

ガムシロップの容器を指で弾いてあっちにやったり、こっちにやったり、

時々視線をロビーにやったりしながらさらに30分待った。それでもカカシ屋は現れなかった。

軍人が軍人らしさを身に纏うように、カカシ屋もカカシ屋らしさを身に纏っているので

姿を見せれば、あ、こいつがカカシ屋だ、と僕にはわかるはずだった。

スイカとメロンを見分けるくらい簡単なことなのだ。

ところでカカシ屋には僕がわかるのだろうか。

僕が僕らしさを身に纏っていても、他人のそれと見分けがつくのだろうか。

会ったこともないのに。おそらく無理だろう。

ということは、僕がカカシ屋を見つけなければならなかったのだ。

でも気が付くのが遅すぎたし待ちすぎた。到着から1時間経っている。

もう帰っちゃったんじゃないか。カカシ屋は暇じゃない、あの少年も言っていた。

勘定を払い、ロビーを彷徨ってみたが、カカシ屋らしき人物は見つからない。

諦めて僕はタクシーを捕まえ、ホテル・レモネードに向かった。

ホテル・レモネード。

沖縄の気候にはピッタリだけど、沖縄のホテルの名前にするのはどうなのだろう。

支配人がレイモンド・カーヴァーの愛読者なのだろうか、じゃあ村上春樹ファンか、

でもカーヴァーの詩のタイトルはレモンサイダーじゃなかったか、いやレモンパイか蜂蜜レモンか

やっぱりレモネードだろうと考えていたらホテルに着いた。

フロントで名前を告げるとカードキーを渡され、すんなりと305号室に入ることができた。

305号室。

部屋の面積の大半はシングルベットに占領され、申し訳なさそうにその他家具が置いてあった。

僕はベットに倒れこみ、ベット横の引き出しにあった聖書をパラパラとめくりながら

なぜこんなところまで来てしまったんだろうと思った。僕は一体何をしているんだ。

そうだ報酬だ。相応の報酬。それを受け取りに来たのだ。どこだ、どこにある。

そう思ったのを見計らったかのように胸ポケットの携帯電話が悲鳴をあげる。

「サトウさん、もうホテルに着きました?」カカシ屋の少年だ。

「ああ、沖縄のカカシ屋には会えなかったけれど。」

「そうですか、まあ彼がいなくても報酬の受け取りは可能です。

それで報酬なのですが、ちょっと鏡の前に立ってもらえますか。」

身体を起こし、鏡の前までのそのそ歩く。

「立ちました?はい、それが報酬です」それらしきものを僕には見つけられない。

「何のことだかさっぱりわからないよ。」

「サトウさん、非常に申し上げにくいのですが、心して聞いてください。

あなたの町は崩壊しました。あなたが那覇空港に着いたころ、

こちらでは大きな地震があり、あなたの町は津波で一瞬のうちに流されてしまったのです。

我々カカシ屋は地震を食い止めようと懸命に努力しました。

砂浜に設置した200体のカカシだってその一環です。カカシには祈りを込めることができます。

事前に地震を予測していた我々はあなたに協力してもらうことにしました。」

「な・・・なんで、なんで僕なんだ。」搾り出すようにしてようやく言葉を発することができた。

「抽選ですよ、サトウさん。無作為です。良くも悪くもあなたの運です。

選ばれたということは、あなたでなければならない何かがあったのでしょう。神の意思です。

いくらカカシ屋でも神の意思は変更はできません。誰でもよかったのですが、抽選の結果、

あなたでなければならなくなったということです。祈りが届いて地震を食い止めることができれば、

あなたには小切手を渡すつもりでした。金額は自由に決めることができます。

でも残念ながら祈りは届かなかった。もちろん小切手はお渡しできません。

あなたに渡すために準備していた金額はすべて義援金に充てられます。

その代わりあなたはお金よりも価値の高いものを損なわずに済みました。あなたの命です。

生きていれば・・・」

というところで僕は電話を切った。涙が頬を伝い絨毯に染みをつくっていた。

この長い長い夢はあまりにも性質が悪い。地震?津波?町が崩壊?

命の喪失についてそんなに簡単に簡潔にさらりと言ってしまっていいのか?冗談じゃない。

聖書に書かれてある「神」という字を「悪魔」に書き換えたっていい気がした。

「はじめに悪魔は天と地を創造された・・・云々」

でもそんなことをしても変わるのはこの聖書だけだ。もうこの世界ごと終わらせよう。

怒りに近い感情の矛先を自分に向ける。

ここにいる自分が情けなく、救いようのないバカだと思える。愚か者だ。

僕は僕の夢を力ずくでも醒ます。そろそろノンフィクションの世界に戻るのだ。

最後の手段を使うためにホテルのエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。

落ちれば、醒めない夢も醒める。きっとこんな悪夢でさえも。

(完)

8 件のコメント:

  1. あなたの文章は興味深い。
    次回作も楽しみにしています。

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  2. ありがとう、バタ子。(きのした)

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  3. バタ子のも読みたい。

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  4. バタ子は恥ずかしがり屋だからなあ。(きのした)

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  5. バターが好きだ。

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  6. バタ子はいい人ですよ。

    人妻であること以外は。

    ってもうバターの話になっちゃってる。

    (きのした)

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  7. もうすこしはやく出会っていれば。

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