2011/06/14

真夜中、冷蔵庫の前で

夜中に僕は冷蔵庫の前でカカシ屋の少年に出会った。

のどの渇きで目を覚まし、牛乳を飲むために台所に足を踏み入れた時だった。

冷蔵庫の扉は開かれ、うすぼんやりとした光の中に少年は立っていた。

明かりをともすと、少年はまぶしそうな顔をした。

「こんな遅くにすみません、カカシ屋です、牛乳をどうぞ。」

コップを差し出しながら少年は言った。

どうぞってそれは僕の牛乳だろうと思いながら、コップを受け取らず、

いつもそうしているように親指と人差し指で、開いている目をさらに開こうとした。

そうすれば、醒めない夢も醒める。

「今日はサトウさんにどうしてもお願いしたいことがあってやってきました。」

まぶたグイグイ。・・・醒めない。

「この町の西側に海岸がありますよね。そこの砂浜にカカシを設置したいのです、200体ほど。」

まぶたグイグイグイ。・・・醒めない醒めない。

「ちょっと、聞いてますか、設置を手伝ってほしいのですが。」

確かにこの方法でも醒めない夢はいくつかあり、その多くは悪夢と呼んでいい夢だった。

僕は諦めて思っていることを口にした。

「全然意味がわからないよ。君は誰なんだ。なんだって僕の家の台所の冷蔵庫の前という

とても個人的な場所に君みたいな少年がいて訳のわからないお願いをされないといけないんだ。

カカシを200体、砂浜にだって?そもそも誰が何のためにカカシを200体も買ったんだ。

大人をからかうもんじゃない。はやくお家に帰りなさい。

・・・ごめんちょっと言い過ぎたかもしれない。こんな夢を見る僕が悪いんだ。」

夢の中でこんなにしゃべったのは初めてだった。

僕がしゃべっている間、少年はずっと時計の秒針を目で追っていた。

「時間がないので、早口で説明します。よく聞いてください。

僕はカカシ屋です。カカシを売って暮らしています。僕がボスからの指令を受け、

この町に到着したのは午前0時でした。そしてあなたのお家に着いたのが午前1時。

当然あなたは眠っているだろうと思い、鍵を壊して侵入させていただきました。

それで少し安心して牛乳でも飲もうと冷蔵庫を開けたときあなたが起きてきました。

僕だってのどくらい渇きます。」

少年はまた時計をじーっと見て、それから僕の眉間の辺りを見た。

「いいですか、サトウさん。これは紛れもない現実です。からかっているわけではありません。

大人をからかうほどカカシ屋は暇じゃない。先ほどお願いと言いましたが、これは命令なんです。

誰が購入したかは僕にもわかりません。僕はカカシ屋の歯車のひとつに過ぎないんです。

これがどんな仕組みで、何のためにそんなことをするのか、ボスだって知らないかもしれない。

でもあなたは砂浜に200体のカカシを設置しなければなりません。

そうしないとあなたの命が危ない。理不尽だとは思います。でもそれは仕方のないことです。

もし仮にあなたが拒否するならば、カカシ屋グループは徹底的にあなたを叩きのめすでしょう。

身体的にも、社会的にも。叩きのめした実績だっていくつかあります。

もちろん相応の報酬も用意していますし、あなたでなければならない仕事なんです。

さあ、とりあえず牛乳をどうぞ。」

僕はコップを受け取り、ぬるくなった牛乳を飲みながら、頭の中を整理していた。

こんな要求をされたら、伊勢丹の受付嬢だって笑顔をひきつらせるに決まってる。

整理なんてできるはずがなかった。頭を抱え、考え込むふりをした。

そのとき小指で開いている目を開こうとまぶたグイグイをやってみたが、

目の前のカカシ屋と名乗る少年は消えてくれなかった。

「さあ行きましょう、カカシ達は砂浜であなたに設置されるのを待っています。」

少年の青い目は、悲しいほどまっすぐに僕を見ていた。

(つづく)

0 件のコメント:

コメントを投稿